6才の時より12年間、私は故小林忠夫先生からハーモニカを教わった。ハーモニカという言葉から人が通常想像するのは複音ハーモニカやブルースハープであろうが、私が習ったのはクロマチックハーモニカである。以下にただ「ハーモニカ」と書くときは、クロマチックハーモニカを指す。師匠亡き後も、大学・大学院時代の6年間は、クラシック室内楽のサークルに所属し、研鑽を深めた。しかし、社会人になって以降の4年間は、楽器を触ることを半ば意識的にやめた。大学・大学院時代にクラシック音楽にどっぷりとつかり、多くのヴァイオリンやピアノの奏者と親しく接する機会をえたのはかけがえのないことだったが、それがかえって、私の音楽性の未熟さを痛感させたし、さらには、ハーモニカはクラシック音楽を弾く楽器としては発展途上にあると知らしめた。私がもっと音楽性豊かだったなら、社会人になってからも寸暇を惜しんでハーモニカを持ち、その技術や楽器構造を変革する試みを行ったことと思うが、それは夢物語でしかない。
―――とはいいつつも、実はこの3月末から4月初めにかけて、ほんの余興にハーモニカを持たざるをえない機会が3度あり、そのために約1ヶ月間練習を重ねた。演奏したのは、
バッハ:無伴奏フルートのためのパルティータよりクーラント
シューマン:アダージョとアレグロ
レクオーナ:マラゲーニャ
という3曲だった。短い練習期間に加え、酔いがまわった状態での演奏だったから、評価云々には値しないが、学生時代にそれなりに音楽と真剣に向き合った中で考えたことを思い出すには充分だった。少しばかりは後進の役に立つのではないかと信じてそれを記す。余計な親切かもしれないが、私が大学3回生の時に京都市の府民ホールALTIで演奏したときの録音を、以下の稿をお読みいただく際の多少の助けになるかもしれないので載せておく。
フランシス・シャグラン作曲 ルーマニア幻想曲(mp3)
1. 楽器の特質
1.1 クロマチックハーモニカとは
クロマチックハーモニカは、複音ハーモニカやブルースハープと異なり、クロマチック(半音階)という名前の通り、1オクターブ12音を全て弾くことができる。ブルースハープは演奏者のテクニックでたとえばGをGesに下げるなどということが可能で、半音階の演奏がまったく無理ではないけれども、クロマチックハーモニカはレバー1本で簡単に半音階の操作ができるから、1曲の中で何度も転調するクラシックの楽曲を演奏するときには大きなアドバンテージがある。
1.2 楽器の構造
木製もしくは金属製のボディを上下2段左右12列(3オクターブのハーモニカの場合)にくりぬき、そのボディの上下にリードプレートをネジなどで留める。左右12列のボディの穴に対して奏者が息を吸ったときと吐いたときのいずれも音が出るように、リードプレート1枚に対し24枚(12×2)のリードが取り付けられている。ボディ上段にはc-dur(ハ長調)の音のリードが配列され、下段には上段より半音高い音が配される。奏者の息がボディ上段を通過するか下段になるかは、レバーを押すことで切り替えられる。
それぞれの穴に息を吐くときおよび吸うときの音は次の通りになる。
| 穴番号 | 1 | 2 | 3 | 4 |
| 吐くとき(レバーを押さないとき) | c(ド) | e(ミ) | g(ソ) | c(ド) |
| 吸くとき(レバーを押さないとき) | d(レ) | f(ファ) | a(ラ) | h(シ) |
| 吐くとき(レバーを押すとき) | cis(ド#) | fa(ファ) | gis(ソ#) | cis(ド#) |
| 吸くとき(レバーを押すとき) | dis(レ#) | fis(ファ#) | ais(ラ#) | c(ド) |
3オクターブのハーモニカであればこれがあと2回繰り返されることになる。e(ミ)およびh(シ)の音に対して半音階高い音はf(ファ)およびc(ド)に等しく、そのためにf(ファ)とc(ド)の音は複数回現れることに注意したい。fa(ファ)とc(ド)を息を吐くときにも吸うときにも弾けることは、相当のメリットがある。
1.3 音域
音域は、楽器にもよるが、3オクターブから4オクターブが主流である。3オクターブのものだと、フルートやオーボエの音域と重なり、3オクターブ半であればヴァイオリンの音域と重なる。音域が重なれば、当然、他の楽器のために書かれた楽曲をほとんど編曲したりすることなく、演奏できる。ただし和音を多く含むヴァイオリン曲はこの限りではない。
1.4 音色
クロマチックハーモニカの音色も、複音ハーモニカやブルースハープ同様、悲哀を帯びている。このため、演奏はよくも悪くもそういう色調になる。ハーモニカのために書かれた曲を演奏する場合には、音色の特質が考慮されていようから問題はないが、他の楽器で演奏される曲をハーモニカで弾く場合には注意が必要である。ハーモニカの音色がプラスに作用することもあれば、逆に楽曲の魅力を損なうこともある。私の苦い想い出を記せば、モーツァルトのヴァイオリンとピアノのためのソナタ34番を弾いたときは、その陽気な曲調にハーモニカが合わず、惨憺たる結果に終わった。
1.5 楽器の選択
師匠の薦めもあり、私はずっとドイツのHOHNER社製のハーモニカを愛用してきた。TOMBO社やSUZUKI社もハーモニカを販売しているが、音色の美しさではHOHNER社の楽器が一歩抜きんでているように思われる。HOHNER社の製品では、SuperChromonica270、Chromonica280、MellowTone、HardBopper、Meisterklasseを所有している。SuperChromonica270、MellowTone、HardBopperは木製ボディで音域3オクターブ、Chromonica280は樹脂製ボディで4オクターブ、Meisterklasseは金属製ボディで3オクターブ半である。価格から言えば、Meisterklasseがこの中では最も「上等」のハーモニカになるが、金属製や樹脂製のボディだと音色に思い通りの変化がつけられないため、私の好みは木製ボディのハーモニカ、特にSuperChromonica270である。先日の演奏に用いたのもこの楽器だった。同じ木製ボディでもMellowToneやHardbopperは個性が強すぎて曲を選ぶ嫌いがあるから、所有する中で最も安価なハーモニカであるにもかかわらず、SuperChromonica270を愛器となっている。
1.6 メンテナンス
ハーモニカはリード楽器である以上、いつリードが傷むかもしれないというリスクを常に背負っている。しかもオーボエやクラリネットと異なり、傷んだリードのメンテナンスには専門的な技術を要する。リードが傷んだ場合、私は楽器店にメンテナンスをお願いしているが、修理されて戻ってくるまでに約1ヶ月がかかってしまう。したがって、演奏会前には最低2本のハーモニカを手元に置いておかねばならない。
また、甘い物を食べた後やアルコールを飲んですぐの演奏も禁物である。やむをえず演奏するときは、その前に水を飲んで口の中の糖分などをできるだけ除去すること。木製のボディの場合は一旦汚れが付着すると除去しにくいし、半音階を操作するレバーは糖分でベタベタになると演奏に大いに支障をきたす。
[続く]
2. ハーモニカとクラシック音楽
3. 演奏
3.1 パッカー奏法
3.2 タングブロック奏法
3.3 呼吸
3.4 ビブラート
3.5 トリル
3.6 和音
3.7 跳躍