フルトヴェングラーの演奏したシューベルトの「グレート」交響曲といえば、42年と51年(写真左)の録音が有名である。ともにベルリン・フィルを振ったもので、前者はライブ録音、後者はスタジオ録音である。世評の高いのは、おそらくは後者の方で、戦時中のライブ録音よりも、さすがに落ち着い造型が見事である。一方で、前者も、フルトヴェングラーの戦時中ライブ特有の熱狂的な演奏で、音は悪いものの確かに聴き応えがある。両者ともに評価する人がいるのもわかるのだが、しかし私は前から、フルトヴェングラーの「グレート」に不満がある。「いかにもドイツ的なシューベルト」という印象が拭えないからである。シューベルトはウィーンに生き、ウィーンで没した人である。フルトヴェングラーの演奏はオケがベルリン・フィルのせいもあろうが、ドイツ的な響きがしすぎて、どうも好きになれないでいた。
しかし私は先ほど、90年代にロシアのメロディアから復刻された42年盤の「グレート」のLPを聴き、この評価を改めざるを得ないことを知った。フルトヴェングラーの第二次世界大戦中の録音は、戦後にマスターテープがソ連に奪われたせいで、メロディア盤はグラモフォン盤を遙かにしのぐ音質である。高値がついている青トーチ盤や黄トーチ盤も聴いてみたいところだが、ふところ事情により今は90年代の復刻で我慢。これだと2000円程度の出費で済む。それでも青トーチ盤から復刻したOPUS蔵のCD(よくできた復刻だとは思うが……)よりも音質がいいから不満はあるまい。
第一楽章冒頭のホルンからもうその生々しい響きにあたかもライブを今聴いているかのように魅了される。テンポの変化もフルトヴェングラーらしく自由自在でかつ恣意的でなく、とりわけ印象的なのは、同楽章の展開部から再現部にかけて、第一主題が再び現れるときに、テンポを落としたままにしておずおずと入っていき、ゆっくりゆっくりとテンポを戻していくことである。この表現は51年盤にも見られるけれども、42年盤のほうが緊張感に満ちていてヨリ劇的な効果を生んでいる。また、第4楽章も42年盤は鬼気迫るほどのアッチェレランドが聴き物である。この「グレート」は、今までは音質がよくなかったせいか、燃えさかる炎の如くテンポを動かすフルトヴェングラーの演奏に入り込めなかったのだが、このメロディア盤だと、全楽章を通じてフルトヴェングラーの世界に引き込まれてしまう。確かに、シューベルトよりもフルトヴェングラーを聴く演奏ではある。シューベルトらしい演奏を聴きたければ、もっと適切な録音があると思う。しかし、このライブ録音は、そういった批判があったとしても、不滅の名演だと呼ばれるに値しよう。一方、51年のスタジオ録音は、フルトヴェングラー色がそれほど強くなく、また、ベルリン・フィルのごつごつした響きもシューベルトにそぐわないから、やはり42年ライブに少し劣ると言わざるをえないと思う。